2014年4月1日火曜日

中央大学 大島宏介



「議員」と「市民」。
  そこには小さくない壁を感じてきた。
言ってしまえば「議員」は特別な人で、「市民」とは違う人種とまで思っていた。しかしそれは当然おかしなことで、民主主義の構造上、議員は庶民の代表であり、庶民の声の代弁者であるべきなのだから。だが、20歳となり選挙権を得たことで、私の政治への意識が高まり、そういった論理を理解していても感じてしまうこの障害の認識を変えたくなった。

政治家、特に国会議員は普段の生活の視点から言えば、新聞の文字やテレビのニュース、ワイドショーで目にする、いわばテレビタレント同然の位置にある存在であった。実際に目にするのも選挙活動やビラ配りくらいのもので、他にどういった活動をしているのかなんて想像もできなかった。だから、区議会で党幹事長をしている議員さんが地元の夏祭りの手伝い・裏方仕事をしているなんて思いも寄らなかった。

振り返ってみると、今回のインターンの最初の驚きは、本橋議員に初めてお会いした面談のときのことであった。「議員事務所」。この言葉から皆さんはどういった建物、部屋を想像するであろうか。私はテレビドラマのような、無機質にきちんと整った部屋を思い浮かべてしまっていたのだが、その予想はいい意味で大きく裏切られることとなった。本が壁一面の棚に並べられた和室。たったこれだけのことではあったが、私と「議員」の間の壁はそのときから少しずつ薄くなり始めていた。

今回のインターンでは多くのことを経験させていただくことができた。議員の方々が主に使用する区役所のフロアを案内していただけたり、普段は行われていることすら知らないような、しかし重要な協議会を傍聴させていただけたり、町内会夏祭りの運営側のお手伝いをしたり、また、より政治的な活動としては街頭演説でのビラ配り、ポスター貼りのお願いに回ることなど、日常生活では遠い位置にあったさまざまなことを経験した。

そして、それらのことから私は多くのことを学んだ。
とても原初的な、隣人との関係・隣人への気遣いが政治という局面においても重要視されていることには驚きを感じずにはいられなかったし、またビラ配りやポスター貼りでは、今までは受け取る側・お願いされる側しか知らなかったが、手渡す側・お願いする側を経験できたことはとても貴重な体験であった。また、必要とされるマナーや言葉遣いはそれなりに自信があったのだが、その自信が打ち砕かれたことは就職し社会人になることを一年半後に控える僕にとって非常にありがたいことであった。

ときどきではあるが、本橋議員と直接お話を出来たことも貴重な経験であった。
一番心に残っている言葉は、これは面談後の言葉だったと記憶しているが、本橋議員の事務所の本の多さについて私が話した時に、演説等をする際の知識量について本橋議員が語ったものである。「ああいうところで話すのにはしゃべっている内容の10倍の知識がないとしゃべれないんだよな。」この言葉は常日頃、自身の知識の不足を嘆いている私にとっては大変な驚きであったし、過密な日程の中、徹夜で作業することもあったようでしたが、いつそういった膨大な量の本を読んでいるのか不思議に思い、また若い頃からの積み重ねの賜物なのかなと感じたことを覚えている。

「議員」。
私はこの言葉に以前ほどの壁を感じなくなった。
これが今回のインターンの一番の収穫かもしれない。これから先、私がどういった形で政治と関わっていくのかはわからないが、今回の貴重な経験が私の糧となり、「政治」「議員」というものを考えていくに当たって大きな役割を果たしていくことになるであろうことは自信を持って、言える。

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